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原始村のジパング物語【第三話】

Photo 昔昔のその昔、ここは広い海に囲まれたある島の中、島の真ん中を流れる大きな川の中州になっている場所に、「ジパング村」という小さな村がありました。

ジパング村は中州という狭いところにある村なので、小さい家や土地でもとても値段が高くなっていました。あまりにも家や土地の値段が高くなってしまったので、村役場の大蔵さんは、これ以上値段が高くならないように「ソーリョーキセイ」という立て札を立てました。

ところが、家や土地を買う人の中には、買った家や土地を次々と高く売って儲けている人たちがいたのですが、「ソーリョーキセイ」のためにこれ以上値上がりしないと分かると、もう家や土地を買うのをやめてしまいました。そうなると、買う人が減って売る人が増えたので、家や土地の値段が急激に下がり始めました。

ジパング村の普通の人々は、両替商から「ローン」でお金を借りて家を建てていましたので、せっかく買った家の価格が下がってしまうと、何だかとっても損した気持ちになりました。
商人(あきんど)達はもっと深刻で、毎年商売の「決算書」を作らなければならないのですが、「資産」として買った土地の価格が下がると、せっかく商売で利益がでても、資産の評価損で赤字決算になってしまうのです。「決算」が赤字だと、商売の信用上の問題が発生してしまいます。こうして、村人達は節約して暮らすようになり、商人は使用人の数を減らしたり、仕入れを減らしたりしたので、村はすっかり元気がなくなってしまいました。

村役場でも、大きな問題が起こっていました。村の元気がなくなってしまった結果、年貢の納めが減ってしまい、村が借りているお金が返せなくなり、借金を返すためにまた借金する、という状態になってしまいました。これでは、借金がどんどん増えてしまいます。

箸元リュータロー村長は、「財政を再建します」と宣言して、村の予算を少なくしたため、村ではお祭りが中止になったり、道の雑草刈りも行われなくなったりで、さらに元気が無くなってしまいました。よその村からジパング村の商人にお金を貸していた「ファンド」という人たちも、貸したお金を引き上げて自分達の村に帰っていってしまいました。村人たちは、これを「橋本失政」と呼んで、後世まで語り継ぐことになります。

替わって村長になった尾撫地ケイゾーは、積極的に両替商から借金して、盆踊り大会や秋祭りを復活させ、道の雑草刈りや川岸の堤防作りなどをやったので、人足たちは仕事が増え、村に活気が少しずつ戻ってきました。「ワシは世界一の借金王じゃ。」と自慢していた尾撫地村長でしたが、不幸なことに脳卒中で突然帰らぬ人となってしまいました。

村の実力者たちは、急いで次の村長を決めるために集まり、藻利ヨシローというデブで口の軽い男を村長にしましたが、本人は面白いとおもって言っているジョークが村人には全然うけなくて、次の村長選挙では鯉墨ジュンイチローという黒魔術使いの変人が村長になりました。

鯉墨村長は、「カイカクなくして成長なし!」という呪文を唱えて、村の予算を減らしました。このため、せっかく元気が戻り始めたジパング村は、再び元気が無くなっていき、例えば「兜屋」で売られている「株」という商品の値段は、2年で半値まで下がってしまいました。

鯉墨村長は怠け者なので、村役場の仕事は岳那珂というお坊さんに丸投げしていましたが、岳那珂坊主は「市場原理経」の熱心な信者だったので、「シジョーゲンリ」「シジョーゲンリ」とお経を唱えて、村の商人たちに「市場原理経」を押し付けていきました。
この頃、ジパング村は「デフレ病」という病気が蔓延していて、商人が売る商品の量より、村人が買う商品の量が少ないのが原因とわかっていました。そこで、岳那珂坊主は商人の売る商品の量を減らす、という奇策を取りました。岳那珂坊主は、「サプライサイドのカイカク」と自賛しましたが、「デフレ病」の時は「ゲンゼイ」や「コーキョージギョー」で村人の買う量を増やすのが正しい処方と考えていたよその村々の村長たちは、「そんな荒療治をして大丈夫か?」と驚き、「サプライズのカイカク」と思いました。

案の定、村の商人たちは次々と商売をやめて店をたたみ始めました。老舗の大店も例外ではなく、廃業していきました。そこに米村から飛んできた「ハゲタカ」が群がり、店の看板をかっさらっていってしまいました。

この間、岳那珂坊主はよその村に行商にいって稼いでいる「ダイキギョー」という商人たちは優遇しなければならないと言って、「キギョーゲンゼイ」や「為替カイニュー」を行いました。鯉墨村長は「カイカクで財政を健全化する」と言っていたのに、実際には「為替カイニュー」のために村の借金は空前の規模まで膨らんでしまいました。

こうして、米村の「格付け会社」によって、島のさいはての「ボツワナ村」と同じランクに格落ちしたジパング村でしたが、この頃になるとすっかり値下がりしてしまった村の家や土地を、米村から来た「ファンド」という人たちが買い漁り始めました。こうして島中の村の人々が心配した「大キョーコー」に至らずに、ジパング村は「デフレ病」を克服し始めたのです。

鯉墨村長と岳那珂坊主は、「デフレ病」から快方に向かっているのは「カイカク」の成果と自賛しながらも、村人たちが何かおかしいと気付く前に、「郵政ミンエーカ」という次の黒魔術をかけて、村人たちをたぶらかすことを忘れませんでした。

これは、昔昔その昔、海に囲まれたある島の中の、小さなジパング村の物語です。

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