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日本の医療もシッコに向かうのか?

Sicko01 マイケル・ムーア監督の映画「シッコ(SICKO)」が好評のうちに上映を終えた。「華氏911」で痛烈にブッシュ大統領を批判したムーア監督が、今度は米国の医療制度と保険会社にメスを入れた。

米国では、80年代に医療費が急速に高騰した。医療費高騰を後押ししたのは、医療者、患者、保険会社のどこにもコスト意識の働かない出来高払いの医療保険システムだった。医師や病院は、患者に対して過剰な医療サービスを提供しがちで、患者もそうした状況に満足していた。保険会社は医療費が高騰する分、企業に請求する保険料を引き上げることで帳尻を合わせていたのである。

こうした中で登場したのが、マネージドケアと総称される医療現場にコスト意識をもたらす医療保険システムだった。その代表的な形態であるHMO(Health Maintenance Organization)では、保険会社は患者が受けた医療サービスの量にかかわらず患者一人当たり定額を医療機関に支払う。医療機関は一定の収入の中から利益を出すために,コスト削減を余儀なくされる。値上がりする一方の保険料負担に音を上げていた企業は、次々にマネジドケアと契約を結んだ。現在では企業などで働く人の85%以上が何らかのマネジドケアに加入している。
その結果、医療分野も市場競争原理に覆われ、各医療機関は力のあるマネジドケアの傘下に入り、競争に生き残るために、値引き要求も受け入れざるを得なくなった。こうなると、医療の質は目に見えて劣化する。

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以下、映画「シッコ」より;

交通事故を起こして意識不明のまま救急車で運ばれたことのある女性が証言する。「事前に救急車を使うことを申告してなかったから、救急車の搬送費は保険でおりなかったの」。米国では、意識がなかろうが死にかけていようが、救急車を呼ぶ前にまず保険会社に電話しなくてはいけないそうだ。

作業中に指を切断してしまった工場労働者に医者が言う、「指をくっつけるなら、薬指は12,000ドル、中指なら60,000ドルだ。どうする?」。この工員は安い方を選ぶだけで精一杯だったので、いまは中指が無い。

50代の夫婦は、夫が心臓発作を起こし、妻はがんを患った。彼らが加入しているのは保険料が安い代わりに、保証の範囲も小さい保険。自己負担額を払えなくなった夫婦は、娘夫婦の家の地下室に引っ越すことを余儀なくされる。

悠々自適の生活をしていてもおかしくない年齢なのに、毎日スーパーでカートの片付け仕事をする老人。会社をやめて、保険が無くなれば、薬代が払えなくなるからだ。健康保険の資格を維持するために、彼は死ぬまで働き続ける。

骨髄移植で命が救われるかもしれない重病の夫を抱える妻。彼の家族の骨髄がマッチすると判明し、大喜びをしたのもつかの間、保険会社がなかなかお金を下ろしてくれない。待っているうちに、夫は死んでしまった。良き夫で良き父だった愛する男性の写真を手に、彼女は涙をこらえることができない。

GDP世界1位の米国が、一方では悲惨な医療環境である事が明らかになる。

最大の皮肉は、9.11テロのときにボランティアで駆けつけた多数の救護士たちのケースMmoore01 だ。彼らの多くは粉塵の中で救護活動を続けた結果、深刻な呼吸器障害を煩い、職を失い、政府の援助ももらえないまま暮らしている。一方、テロ事件を起こした犯人グループは、キューバにあるグアンタナモ基地に収監され、万全の医療体制に守られていた。
ムーアは元救護士たちを連れ、キューバに乗り込む。「この人たちに、中の囚人と同じ医療を受けさせてください!」と、基地に向かって拡声器で叫ぶムーア。キューバはラテンアメリカで最も医療制度が進んだ国で、もちろん全国民が無料で診療を受けることができる。キューバの病院は、グアンタナモで門前払いを食ったムーアたちを受け入れ、「9.11の英雄」として手厚く治療してくれた。

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ムーアのこの映画の製作目的は「民間の健康保険会社を廃止すること」である。「健康保険は、特権ではなくて基本的な人権だ。先進国の中で唯一われわれには公的な保険制度がない。目の前に治せる患者がいるのに治療を施す前に“その場に居ない医者ではない”人間(保険会社)に許可を求めなくてはならないなんて。」と、ムーアは語る。
人の健康や命にかかわるようなことを、営利最優先の民間企業などにまかせていては、悲惨な状態になるのがオチだ、と教えてくれる。

ところが、今、日本では全く逆の方向で医療改革が進んでいる。

日本も高齢化社会を迎えて、特に老人医療費の公費負担が政府の財政支出の中で巨額になってきている。「各地の医療機関の待合室は、老人たちのサロンになっている」として、「負担に見合った医療を」という声のもと、本人負担率の引き上げや健康保険の自由化が進められている。推進しているのは政治家、実業家、エコノミストを中心としたメンバーで、米国の保険会社もその中に入っている
米国のやり方が世界で一番良いと考える小泉政権によって、すでに以下のような医療改革が「構造改革」のひとつとして行われている。

2002年10月:上限付き定額制だった70歳以上の自己負担が1割の完全定率制に移行、一般所得者は1割、現役並の所得者は2割に引き上げ。

2003年4月:サラリーマン本人の自己負担を2割から3割へと引き上げ。加えて保険料負担も、算出方法がそれまでの月収ベースから、賞与も含めた年収ベースに変更され実質的に引き上げ。

2006年6月:医療制度改革関連法が成立:
①2006年10月以降、70歳以上の現役並の所得者の自己負担を2割から3割に引き上げ。「現役並の所得者」の定義自体も引き下げられ、対象者も拡大。
②2008年4月以降、70~74歳の一般所得者の自己負担を1割から2割に引き上げ。
③2008年度に新たな「高齢者医療制度」を創設。これまで配偶者や子供の扶養家族として保険料負担を免れていた人も含め、75歳以上の全ての高齢者に保険料の支払い義務を付加。
④2006年10月以降、高齢者だけでなく現役世代を含むすべての国民の「高額療養費制度」を見直し、自己負担の限度額を引き上げ。

このように、公的保険でまかなえる範囲が縮小すれば、国民は将来(年金生活になった時)の不安を持って民間の保険を頼りにしようとする。民間保険会社には大きなビジネスチャンスが訪れる。
すでに、日本の老人医療市場のチャンスを先取りしていた外資系(主に米国)の民間保険会社は国民の不安を煽るCMを流しまくる。もし、民間保険に加入できな人々はどうなるのか。映画「SICKO」のように医療格差が生まれ、治癒をするのに大金がかかる病気になった時には、破局するしかなくなる。

医療制度「改革」について、国民新党の自見庄三郎議員(医師)も警笛を鳴らしている。(『月刊/保険診療』07年1月号 特集「医療制度改革の真相」より)
■国民皆保険を崩壊させる医療制度改革

──米国でもクリントン政権のときに国民皆保険制度を導入しようとした経緯があります。つまり、米国は日本の国民皆保険制度を見習おうとしているのに、日本のほうでは逆にそれを崩壊させようとしています。

【自見】 信じられないくらい愚かなことです。日本の今の医療制度改革を進める人々は、国民の健康や命を考えてやっているのではなく、ビジネスチャンスを作ろうと思ってやっているのです。かつて、知り合いの大蔵官僚が言っていました。「どうして医療の混合診療に賛成しないんですか? ものすごくビジネスチャンスが広がりますよ。今30兆の医療費がたちまち50兆くらいになりますよ」と。 
また、厚労省の局長たちに話を聞いたときは、「今30兆の公的医療を20兆に縮小して、あとの30兆は金持ちだけでどうぞやってくださいということ。そこにものすごい落とし穴がありますよ」と言っていました。混合診療とは要するに公的責任を放棄するということであり、その穴を民間保険がビジネスチャンスとして利用するということなのです。
そろばん勘定だけで医療を律しようとするから歪んでしまうんです。私は今も医者をしてますが、例えば交通事故などで子供が救急車で運ばれてきて、「10万円しかお金ありませんから、10万円まで治療してください。10万円を超えたら殺して結構です」なんて親は一人もいませんよ。ところが、財務省や厚労省はそんな医療をしようとしている。

──混合診療的が拡大して患者負担が増えると,民間医療保険に頼らざるを得なくなりますね。

【自見】 そこが米国の狙いだから。94年に日米包括経済協議によって、外資系のみに医療保険や障害保険の販売が認められることになり、米国の保険会社にとっては、このチャンスを待っていたのです。自分たちが儲けるには、公的医療保険を崩さないといけないから、一連の医療制度改革に隠れて経済財政諮問会議や規制改革・民間開放推進会議が厚労省に圧力をかけ、マスコミを誘導しているのです。

01 確かに、日本は人類が経験したことの無い少子高齢化社会を迎えて、医療、年金、税金などの社会システムをどうするかは重要かつ急務の課題だ。しかし、すべてに市場原理を持ち込むことが良いことなのかどうか、真剣な議論が必要であろう。

米国のマネージド・ケアという仕組みは、医療サービスを効率よく管理することである。保険会社は、医療機関に毎月ほぼ一定の額を支払い、医療機関は治療にかかる費用を決められた保険額内で賄うようになる。病院はこのシステムによってコスト意識が高まると、システムの提唱者は説明する。
しかし、事実はそうではない。この制度では、低額の保険料を維持するために、医療コストを極力削減させる圧力を医療機関に強くかけるようになる。その結果、医療の質は極端に低下するようになる。また、保険のカテゴリーが、高額な保険ほど高度な医療を受けられるようになるため、金持ちは良い治療を受けられ、貧乏人はまともな治療が受けられない、という格差が生まれる(その実例は、映画「SICKO」で見られる通り)。

米国の実情を見れば、HMOはほぼ失敗したと言える。保険でカバーできる範囲が著しく狭いため、医療保険未加入者が増加の一方である(人口の15%強が医療保険未加入者である)。ところが、本国で失敗したこの悪しきシステムを、米国の医療保険会社は、日本に導入すべく日本政府に圧力を加え続けているのである。
常により大きな利益を目指す民間保険会社は、保険の加入者を増やさなければならない。そのためにも保険料を安くしなければならない。安くするために、医療機関側のコスト削減を迫る。医療機関側もコスト削減をするためには、患者を数多く紹介してくれる大手医療保険会社に頼らなければならない。医療分野で競争原理が働き、医療費の節約ができるという建前の下で、医療システムが壊れていく。
日本では、政府管掌健康保険にせよ、共済保険にせよ、民間企業の健康組合保険にせよ、医療内容は同一である。こうした状況下で、米国の大手医療保険会社が、民間医療保険分野が急成長しそうな日本市場を狙うようになったのである。

「SICKO」では、ムーアの取材は海外にも及ぶ。まずはお隣のカナダ。国境をひとつ越えるだけで、医療費無料の世界が待っている。
次に訪れたのは英国だ。日本の保険制度に近いNHSという制度を持つ英国でも、国民はいつでも無料で治療を受けることができる。病院の会計窓口を探し求めるムーアは、裏口の脇にようやく窓口を見つけるが、それは治療費を支払う所ではなく、病院に来るまでにかかった交通費の払い戻しを受ける窓口だった。そしてフランス。ここでは、病気で入院したときの休業補償費まで受けとることができることを知る。
ムーアのインタビューに患者たちは「待ち時間が長い」「愛想が悪い」と苦情を並べるが、「では、米国の医療制度と交換しようか?」と問いかけると、全員が額に皺を寄せて同じ答えを返した。「ノ~~~!」。

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» 映画『シッコ』のフランスの雑誌での評価 [PAGES DECRITURE]
アメリカ医療の問題点を描写したマイケル・ムーア監督の映画『シッコ』(Sicko)が評判ですが、フランスでも先週から上映されているようです。 週刊誌Le nouvel Observateur の最新号に批評が掲載されていましたので紹介します。 「『華氏911』後 ドクター・マイケ... [続きを読む]

受信: 2007年9月23日 (日) 15時03分

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