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かくも長き不在~小泉外交の創痕~

Mahathir01_3 中国の急速な経済成長と、日本の経済の長期停滞は、アジアの経済勢力図を大きく塗りかえた。EU(欧州連合)やNAFTA(北米自由貿易地域)という経済の地域化(リージョナリゼーション)の動きに遅れていたアジアにおいても、「東アジア共同体」へのプロセスが現実化してきたが、その主導権争いで日本に代わって中国の発言力が強まったのだ。

「東アジア共同体」の基本構想は、マレーシアのマハティール首相(当時)が唱えた日本の成功例を参考にする「ルックイースト政策」を土台に、日本に続く新興工業国(ニックス)による雁行型経済発展を目指した東アジア経済協議体(EAEC)が起点となっている。日本をリーダーにして、ASEAN6ヶ国(マレーシア、シンガポール、タイ、インドネシア、フィリピン、ブルネイ)、インドネシア3国(ベトナム、ラオス、カンボジア)、さらに中国、韓国、香港が団結して地域共同体を作ろうという壮大な構想は、92年10月に香港で行われた欧州・東アジア経済フォーラムにおいて提唱された。

マハティール・ビン・モハマドは、インド人の父とマレー人の母の9人兄弟の末っ子として生まれた。1941年、16歳の時に、日本軍がマレーを支配していた英国軍を打ち破ったのを目の当たりにし、日本兵の規律の正しさに強く感動した、という逸話がある。「我々にもその意思さえあれば、日本人のようになれる、自分たちの手で自分たちの国を治め、ヨーロッパ人と対等に競争できる能力がある」と考えるようになったというくらい、彼の日本に対する評価は高い。

マハティールの欧州・東アジア経済フォーラムでの「日本なかりせば」という演説は、今も語り継がれている。

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   「日本の存在しない世界を想像してみたらよい。もし日本なかりせば、欧州と米国が世界の工業国を支配していただろう。欧米が基準と価格を決め、欧米だけにしか作れない製品を買うために、世界中の国はその価格を押しつけられていただろう。・・・
       
       貧しい南側諸国から輸出される原材料の価格は、買い手が欧米諸国しかないので最低水準に固定される。その結果、市場における南側諸国の立場は弱まる。・・・
       
       南側のいくつかの国の経済開発も、東アジアの強力な工業国家の誕生もありえなかっただろう。多国籍企業が安い労働力を求めて南側の国々に投資したのは、日本と競争せざるをえなかったからにほかならない。日本との競争がなければ、開発途上国への投資はなかった。・・・
       
      また日本と日本のサクセス・ストーリーがなければ、東アジア諸国は模範にすべきものがなかっただろう。欧米が開発、完成させた産業分野では、自分たちは太刀打ちできないと信じ続けていただろう。・・・
       
     もし日本なかりせば、世界は全く違う様相を呈していただろう。富める北側はますます富み、貧しい南側はますます貧しくなっていたと言っても過言ではない。北側の欧米は、永遠に世界を支配したことだろう。マレーシアのような国は、ゴムを育て、スズを掘り、それを富める工業国の顧客の言い値で売り続けていただろう。

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この演説を聴いていた欧米の記者の中には、怒って席を立つ人もいたそうだ。しかし、この演説は単なる日本への賞賛ではない。南側諸国が「発展する権利」を発揮するには、欧米支配の近代世界システムを脱して、自由な国際競争を実現する必要がある、という政策展望を示したものととらえるべきだろう。欧米の世界経済支配を排し、自由貿易体制を守るためには、アジア諸国が結束して、強い発言権を持たなければならない、という信念だった。

しかし、これに強硬に反対したのが米国だった。ブッシュ(父)政権のべーカー国務長官(当時)は、東京で宮沢首相相手に気色ばんで「どんな形であれ、太平洋に線を引くことは認められない。マハティールの提唱する構想は太平洋を二つに分け、日米を分断させるものだ」とまくし立ててた。アジア市場での権益を失いたくない米国は、日本が参加しなければEAEC構想をつぶせると考え、強硬に圧力をかけたのである。日本政府は米政府の圧力に屈して、EAEC参加を見送ってしまう。

93年にスタートした米国のクリントン政権は、1988年に創設されたが、ほとんど機能していなかったAPEC(アジア太平洋経済協議体)を土台にして、米国から東アジアまでのアジア太平洋諸国をすべてカバーする巨大な経済ブロックを作ろうとする構想を発表し、米国がその盟主の座についた。日本は米国との協力を重視して、APECを推進する政策に軸足を置いた。
この後、EAEC構想は米国の画策によりつぶされたが、97年のASEAN結成30周年を期に、10ヶ国に拡大したASEANに日中韓の3ヶ国を加えた形で東アジアの結束は命脈を保ち、東アジアの地域経済にはASEAN+3とAPECという2つのフォーラムが並存するという状態が続いている。

そして、97年のアジア通貨危機を経て、アジア各国は地域のより強い結びつきの必要性を痛感し、「東アジア共同体」構想は現実味を増してきた。21世紀に入って、アジア経済のV字型の回復と合わせて、アジア経済の主導権をめぐって中国が急速に台頭してくる。
地域経済統合は核となる国を必要とする。EUにおける独仏、NAFTAにおける米国のように、圧倒的な存在感のある国の影響力を抜きにして、地域経済の統合は機能しない。アジアにおいては、日本と中国がその任を背負うことになるのは、衆目の一致するところだろう。
しかし、2001年から発足した小泉政権は、こうした東アジアの地域経済の主導権に関して全く無頓着であった。

小泉政権は、発足直後から「歴史教科書問題」、「靖国参拝問題」、「(尖閣諸島や竹島をYasukuni01 巡る)領土問題」で中国、韓国と衝突する一方で、米国追従一辺倒の外交政策を取った。靖国神社参拝問題では、中国、韓国が批判のトーンを強め、小泉首相はそれに対して意固地になって毎年の参拝を繰り返し、在任5年間で日中首脳会談がついに一度も開かれない、という前代未聞の状況になった。この間の首相の問題意識は、3点に要約される。(巷間の議論も概ね同じようなものだった。)
1)中国・韓国が不愉快であると反発しているから靖国参拝するべきではない、という意見の是非。
2)A級戦犯が合祀されているから靖国参拝するべきでない、という意見の是非。
3)憲法違反だから靖国神社を靖国参拝してはいけない(政教分離)、という意見の是非。

ところが、日本国内がこのような靖国問題で揺れている間に、中国は東アジアのリーダー争いで日本を出し抜くことに成功していた。2001年に中国がASEANとのFTA(自由貿易圏)成立に向けた交渉を開始する、というニュースは日本に深刻な危機感をもたらした。ASEAN+3(日中韓)から、ASEAN+1(中国)が抜け出して地域化を進めるということである。中国とASEANとのその後の経済交流の発展は目覚しく、日本のそれを上回るものであった。2004年のASEAN10+3会議で、長期的目標として東アジア共同体を構築するとした。その背景には、マレーシアと中国が積極的に提携したということがあり、米国の関与を排除した、欧州のEU、北中米のNAFTAに対抗できうるアジア経済圏構想が現実味を増してきた。

中国主導の東アジア共同体構想に危機感を持つ日本だったが、小泉首相は中国の挑発に乗って、好戦的で独裁的なイメージを作られてしまった。小泉純一郎という人物は、人一倍の頑固さ、意地の強さ、負けん気を持っているが、首相在任中のアジア外交では、その性格を上手く利用されたようだ。小泉首相はアジア・アフリカ会議(2005年4月)という国際会議の場で過去の戦争について謝罪と反省を表明する、という、歴代首相が踏み込まなかった積極的な行動を見せたが、参加国の態度は総じて冷淡だった。アジアにおける日本の発言力は大きく後退した。

そして、小泉純一郎という人物は、物事が膠着すると投げ出してしまう、という悪癖があった。停滞するアジア外交の状況を指摘されると、小泉首相は「日米関係が緊密であればあるほど、中国や韓国、国際社会との良好な関係を築くことができる」と開き直り、「時間がたてば理解される」と、ついに中国、韓国との関係改善を放棄してしまった。

「日本なかりせば」の演説から10年、2002年に来日したマハティールは、ビニールシートで暮らす失業者の姿に胸をつかれたという。そこには、マハティールが尊敬してきた、情熱と勤勉さを持ち、自信に満ちた日本人の姿はなかった。10年にわたって経済問題を克服できない日本の現状について、彼は「米国の言うなりに盲目的に追従してきたからだ」と指摘する。
 「大企業は外国企業に買われ、外国企業は効率化のためにまず最初に手をつけるのが解雇と工場閉鎖である。これがビジネスを再生する解決法だと主張するかもしれないが、しかしそれは自分で自分の首をしめることに他ならない」。ルック・イースト路線は、今や発展する中国に向けられ、日本に対しては「今後は日本が進めている誤った政策や失敗を学ぶ。我々が何をすべきでないかが分かるからだ」と辛口の批判を口にした。

Singapore それでも、日本での講演でマハティールは、「日本が欧米のシステムに変革したがっていることは理解する。しかし、システムを急速に変えれば、深刻な混乱に至る。これまでうまく機能してきたシステムを継続する方がはるかによい。日本のシステムは日本人にとってこれまで非常にうまく機能してきた。もし、変えなければならないのであれば、それは混乱を避けるためにゆっくりと変えなければならない。」と述べて、「我々は日本の失敗ではなく、成功から学びたいと考える。日本人は目覚めて、今直面している惨事は自らが作り出したものであることを認めなければならない。戦後の復興を自らのやり方でなし得たように、正に今、自らの方法で立ち直ることができよう。」、と激励を込めたスピーチを行った。東アジア共同体構想に関しては、「日本は国力も技術もある。東アジアは、そして世界は日本を必要としている。」と期待を込めて表明した。

2003年10月、22年間務めた首相の座を降りたマハティールが著した書の最後の言葉は、「日本人よ自分の足で立ち上がれ」、だった。

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コメント

はじめまして
御高説最もと拝見いたしました。日本の外交の未熟さと見識のなさにむなしさを覚える人は沢山いるのではないでしょうか。
アセアンにアメリカを入れる愚行。そのため、東南アジアでの政策が崩壊したのは外務省の責任。せっかく時の大蔵省が描いた図面は、いまや建て直しが出来ません。今でも政府が一丸となれば出来るとは思いますが、人材が居ません。それもわれわれ国民の責任。子供のまぜっかえし論理の小泉さんを喜ぶ程度の『民主主義の小学生』並みですから。

投稿: しんしょうせんにん | 2007年9月13日 (木) 12時19分

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