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文明の黙示録(4)

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                      序章 (4)

                   【 1904年 ロンドン 】

Vickers01 「死の商人」とは売春婦の次に古い職業である、と言われている。弓矢、投石の石器時代から刀剣、鉄器、騎馬隊を経て、中世の火薬と銃の時代にも武器商人はいた。やがて、武器を専門に製造販売する業者が現れ、武器市場、軍需産業が形成されていくようになる。

第一次世界大戦前までは、戦争で使われる火器はライフル銃であり、英国のアームストロング社とフランスのシュネーデル社が競っていた。1867年、アルフレッド・ノーベルによるダイナマイトの発明は、平和利用を願った発明者の意に反して、大量殺人の道具として注目されていた。さらにアメリカ人のハイラム・マキシムは1884年に機関銃を完成、戦争のやり方までも変えてしまうような軍事兵器が次々と改良、開発された。
機関銃の登場によって、それまでの集団歩兵による突撃戦術は使えなくなった。戦争は地面に縦横に穴を掘りそこに兵士が身を潜めて銃を撃ち合う、きわめて長期の総力戦とならざるを得ず、戦争を長く継続するためには本国からの莫大な補給物資が必要となり、膨大な補給物資を生産する工業力が戦争の勝敗を決めることになった。単独で戦うよりも、他国との同盟関係によって物資の生産とその原料、資源を確保することが重要になり、これは戦争が複数の同盟国と敵対国の戦争、つまり世界大戦という形態にならざるを得なくなることを意味した。
戦争は一度起これば世界中を巻き込み、世界中の人間を殺傷し、勝った方も負けた
方も、戦争に参加した国々は徹底的に疲弊することになる。また、戦争にかかる戦費も桁違いに大きくなり、それだけの資金を用意できる巨大財閥が、水面下で大きな役割を担うことになった。

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ロシアでは、ピョートル1世以降、ロマノフ朝の皇帝はロシア正教会を国教として保護する一方、総主教制を廃して皇帝権力のコントロールの下に置いた。こうした事情から、ロシアの国威が高まった19世紀には、ロシア正教とユダヤ教など他の宗教との間に軋轢が拡大し、19世紀末から20世紀初頭にはボグロムと呼ばれるユダヤ人迫害運動が広がった。ユダヤ人に対する暴力、略奪、殺人、婦女暴行に関し、正教会は黙認するどころか、時には攻撃に手を貸すことさえあった。
ユダヤ系のロスチャイルド財閥は、こうしたロシアのユダヤ人迫害に対し、ロマノフ王朝の打倒に動く。ロシア共産革命のリーダーだったウラジミール・イリイッチ・レーニンは1918年から1922年までの4年間に4億5千万ドルをニューヨークのクーンローブ商会に返済している。この返済資金は、レーニンが倒したロマノフ王朝の財貨によって賄われた。クーンローブ商会(現リーマンブラザーズ)はロスチャイルド系財閥であり、このことから、レーニンの革命勢力には、ロスチャイルドの資金援助があったことが分かる。

極東では、急速に工業化を進めた日本が、朝鮮半島で清軍と衝突して日清戦争(1894年)に突入、下関講和条約で遼東半島や台湾を獲得した。当時、大国中国に、小さな島国の日本が勝ったことは、驚きをもって報じられた。ただし、満州への進出を考えていたロシアは日本の遼東半島獲得に対して強く反発し、ドイツ、フランスとともにこれを清に返還させた(三国干渉)。
歴史的に不凍港を求めて南下政策を取るロシアは、1898年には、三国干渉で日本が手放した遼東半島の南端の旅順、大連を租借し、第一太平洋艦隊を配置するなど、満州への進出を押し進めていった。
日清戦争の勝利で意気上がる日本は、反ロシア感情が高まり、ロシアを仮想敵国とした軍備増強を進め、日露関係はにわかに緊張が高まっていった。

英国とドイツは、日本とロシアを戦わせたいという思惑があった。ロシアと国境を接するドイツはロシアの軍事力を極東に向けさせ、強大なロシア陸軍の圧迫をヨーロッパ方面から排除したかったし、どちらが勝とうがロシア軍が弱体化すればそれでドイツにとっては目的が果たせる。英国もロマノフ王朝の打倒と、アジアへのロシアの進出阻止で利害が一致するために、ドイツが仲介する形で1902年1月、日英同盟が結ばれた。

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1904年2月24日、日銀副総裁に就任した高橋是清は、横浜出帆の汽船に乗っていた。是清の目的は、欧米で外債を募集して対ロシア戦争の戦費を調達することであった。2月6日に日本の外務大臣小村寿太郎はロシア公使を外務省に呼び、国交断絶を言い渡し、8日には日本の連合艦隊主力は旅順港外でロシア艦隊を攻撃して、日露戦争が勃発していた。
ロシアとの戦争を遂行するには、1千万ポンドの戦費を何としても外債で調達しなければならない(当時の国家予算が約2.5千万ポンドだったことから、その規模が想像できる)。是清は世界の金融センターになっていたロンドンを目指したが、すでに横浜正金銀行のロンドン支店長の山川勇木からは「英国では日本が負けるとの意見が強く、ロンドンでは外債募集の見込みはない。」との電報を受け取っていた。もし、是清が失敗すれば、日本が欧米金融市場から見放された事を全世界に知らしめてしまう。そうなれば日本軍の軍費はたちまち底をつき、敗戦は火を見るよりも明らかだった。

Jacobschiff0001 ロンドンでの是清の根気強い交渉で、何とか半額の5百万ポンドは集まったが、まだ半分足りない。その時、イギリスの銀行家主催の晩餐会で偶然出会ったのが、ニューヨークのクーンロープ商会代表者のジェイコブ・ヘンリー・シフだった。是清の隣に座ったシフはしきりに日本の経済や生産状況、開戦後の人心動向などについて聞いてくる。是清は一つ一つ丁寧に答えた。
翌日、シフが人を介して、残りの5百万ポンドを自分が引き受けたいと言ってきたのには、是清も驚いた。シフもクーンロープ商会も初めて耳にした名前だったのだ。
偶然出会った初対面の相手に巨額の融資を引き受けるシフの狙いは?しかし、もともと是清とシフがこの晩餐会で出会うことが仕組まれていたとしたら、つじつまが合う。ロスチャイルド財閥は、レーニンの革命勢力への資金提供と同時に、日本にも戦費を提供してロマノフ家を倒そうと考えたのだ。
    
実は、日露戦争の起きる4~5年前から、ロシアの蔵相ウイッテがシフのところにロシアの中期国債の発行を頼みにやってきていた。しかし、ロシアで起きているユダヤ人虐待に何ら手を打たないロシア政府を快く思わないシフは、これを断っている。

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Korekiyo01_2 日露戦争は、日本の陸軍が旅順や奉天で劇的な勝利をおさめ、日本海海戦では日本の連合艦隊が無敵バルチック艦隊に圧勝して日本の勝利で終わった。ロシアは日本海海戦の敗北の後も戦力を集めて総力戦を考えていたが、戦争が長引けば戦力と物資調達力に劣る日本が不利だと分かっていたため、アメリカ合衆国のセオドア・ルーズベルト大統領が講和の調停に乗り出し、1905年アメリカ合衆国ニューハンプシャー州ポーツマスにおいて、小村寿太郎とセルゲイ・ウィッテの間でポーツマス講和条約が調印された。
アメリカの調停は、もともと日本政府が頼んでいたものであったが、クーンローブ財閥などからの要請もあったはずである。巨大な資金力を持つ国際資本家と、近代兵器を製造する軍需産業は、これから20世紀のすべての戦争に関わってくるが、日露戦争は彼らの持つ政治力の強さが証明された一例となった。
ところで、ポーツマス講和条約では、日本のロシアに対する賠償金請求が受け入れられなかったため、日本政府は戦後借入金の利子を支払い続けなければならなかった。「日露戦争の本当の勝者はロスチャイルドである」、と言われるところである。

高橋是清は、1905年に貴族院に勅選されて国政の世界に入ると、大蔵大臣時代にはそのふくよかな容貌から「ダルマ蔵相」と呼ばれて親しまれ、第20代内閣総理大臣も務めた。しかし、1936年の二・二六事件で青年将校たちに暗殺されるという悲運の最期だった。 享年81歳であった。

第一章 帝国の興亡(1) 【1914年 サラエボ】 につづく。

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