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文明の黙示録(9)

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                   第一章 帝国の興亡 (5)

                   【 1933年 ベルリン 】

Hitler01 1929年10月、ニューヨーク、ウォール街の株価大暴落から始まった大恐慌は、瞬く間に世界に広がり、空前の規模の大不況が世界を覆った。ドイツ国内では失業者の数は700万人を超え、自殺する人があふれ、風俗は乱れ、絶望の中で国民は強力なリーダーを求めた。そのような情勢の中で登場したナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)のアドルフ・ヒトラーは、ベルサイユ条約を批判し、そのために引き起こされたドイツ社会の混乱、経済の崩壊、国家財政破綻を戦勝国側の責任とし、一方でドイツ国民には民族の誇りを呼びかけ、ナショナリズムを刺激して、民族の復興というスローガンで人々の熱狂的支持を得た。ドイツ国民はヒトラーに未来を託した。

1933年1月に政権を獲得したヒトラーは、ヴェルサイユ条約でのドイツの軍備制限の撤廃と軍備平等権を要求し、これが拒否されると、1932年から行われていたジュネーブ軍縮会議と国際連盟からの脱退を宣言した。1935年には、ヒトラーはヴェルサイユ条約の中の軍備制限条項を破棄し、徴兵制を復活し、軍隊を50万人に増強するという再軍備宣言を突然行い、ヨーロッパ中の国々を驚かせた。再軍備宣言では空軍の設立も宣言された。

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ヒトラーは、二つの重要な課題に取り組まなければならなかった。第一の課題である失業問題には、大規模な再軍備政策は効果があった。ドイツのGNPは1935年には大恐慌の影響を受ける前の1928年を上回るまでになり、失業率は大幅に低下した。米国のGNPは、ようやく1937年になって1928年の水準に戻ったが、翌38年には再び大恐慌前の水準を下回ってしまったことと比べると、極めて順調なドイツの経済復興の様子がわかる。
ドイツのGNPは急ピッチで上昇を続け、1928年から38年までの10年間に約40%増加している。ドイツの急速な経済拡大を支えた軍事費増強について、推計では1932年から38年までの6年間で、軍事費は27倍に急増、それに伴って全体の財政支出は4.3倍に拡大したという。

第二の課題は、国家の威信を高め国民に自信を回復させ、夢と希望を与えることだった。このために、ヒトラーはゲルマン民族優生思想を広げていく。すべての文明はアーリア人種から発しており、純粋なアーリア系であるゲルマン民族の卓越した精神力をもって世界の統治が為されるべきだ、というのだ。
お茶の水女子大学の山本秀行教授は、著書『ナチズムの時代』(山川出版社)の中で、「アーリア人の優秀さなどを主張する人種主義は、今では非科学的にみえる。しかし、当時、人種と遺伝学、医学との結びつきは新鮮なものであった。」と述べている。ドイツ優生学である『民族衛生学』は、1923年にミュンヘン大学で開設されたばかりの、最先端の科学で、生殖や生命を社会的にコントロールしようとする考え方は、多くの知識人や若い学生たちを引き付けた。
一方でこの影響は、ユダヤ人に対する伝統的な偏見に火をつけ、やがてホロコーストへと続く歴史的なユダヤ人迫害行為を引き起こす。

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Holocaust01ところで、この民族優生の思想はドイツだけのものではなかった
1910年代、アメリカのロングアイランドにハリマン優生学研究所が作られる。ハリマン優生学研究所はドイツのカイザー・ウィルヘルム優生学研究所と提携関係にあった。ハリマン研究所では、「ポーランド等には人種的に劣ったユダヤ人が大量に住んでおり、その貧困から彼等はアメリカへ流入して来ようとしている。アメリカをこうした病原菌の感染から守らなくてはならない。」(1915年9月4日付ニューヨーク・ワールド紙)という方針があった。1932年に開かれた第3回国際優生学学会で、ハリマン研究所のクラレンス・キャンベル博士は「ドイツの指導者アドルフ・ヒトラーは当学会の指導により 人種と人口に関する包括的な政策を実行しており、賞賛すべき成果を当学会はあげている」と発言し、ヒトラーのユダヤ人虐殺は、ハリマン優生学研究所の「指導」で行っていると賞賛している。

この生物兵器の開発と遺伝子工学の研究のために創られたハリマン優生学研究所には、現ブッシュ大統領の祖父ジョージ・ハーバート・ウォーカーが頭取を務めるハリマン銀行から資金が提供された。そのハリマン銀行に資金提供していたのがクーンローブ商会で、ブッシュ家は、ヒトラーにも個人的に多額の資金を貸し付けていた(ヒトラーのハリマン資金問題と言われる)。

化学技術の分野でも、ドイツとアメリカの関係は密接だった。
I・G・ファルベン社はBASF、ヘキスト、バイエルンという3つの化学企業が合同した世界最大の化学会社だが、その創立資金は、アメリカのシティバンクから多額の出資があった。そのI・G・ファルベンに、チクロンBガスというアウシュヴィッツで使用された毒ガスの製造特許を供与したのがアメリカのデュポン社であり、デュポンの最大株主がクーンローブ商会であった。
また、ロックフェラー財閥のエクソンは、ドイツに航空燃料や艦船燃料の製造技術を供与し、ロイヤルダッチシェルは、第二次世界大戦が始まってからもドイツに石油を売り続けていた疑惑がある。

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国際金融資本は、ヒトラーとナチスがドイツ復興のリーダーとなると見るや彼らを援助し、ドイツ復興の中で大きな利益を上げるとともに、東西対立ショーを演出して危機感を煽り、英米両国内での軍備増強の流れを作って、そこでも大きな利益を上げた。そして、最後にヒトラーが戦争に踏み切った途端、皆でヒトラーを包囲してこれをたたき潰した。
ともすると我々は国際金融資本を、一致団結した一つの集団として認識しがちだが、彼らは常に「誰に投資すれば一番儲かるのか?」、という資金投資の効率を基準にして動いている個別の主体の総称に過ぎない。早い話、儲けのためなら敵にだって投資するものだっている。
相争う二つの陣営があって、双方が緊張を高めながら軍備を増強している間が、国際金融資本にとっては最も旨味のある時期だということは、第二次世界大戦の前にすでに実証されており、戦後すぐに東西冷戦構造が出来上がったことも、誰の利益のためかがうかがい知ることができる。

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Kinoko02 人種の優劣差別の思想では、日本人を含むアジア人(黄色人種)もその対象であった。
日露戦争での日本の勝利は、欧米人の間では、驚きとともに日本人に対する警戒心を呼び起こし、「黄禍論」がヨーロッパ諸国に広がった。ドイツのヴィルヘルム2世は、「黄禍論」を下地に、「白人優位の世界秩序構築」と、日本をはじめとする「黄色人種国家の打倒」を訴えた。
アメリカでも、第二次世界大戦前には「黄禍論」が広がり、日本人労働者の就職妨害や排斥、学童の隔離教育、日本人および日系人の移民禁止など、排日気運は激化していった。第二次世界大戦が始まると、フランクリン・ルーズベルト大統領は日系人排斥運動に同調し、大統領命令によって米国内に在住の日系人11万人を強制収容・隔離する政策をとっている。
終戦を目前にトルーマン大統領によって日本への原子爆弾投下が決行された背景にも、日本人という人種を地上から殲滅しても構わない、という過激な黄禍論の影響もあったのであろう。

第一章(6) 【1941年 ホノルル】 につづく。

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