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文明の黙示録(27)

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                   第三章 帝国の崩壊 (1)

                   【 2002年 バンジシール 】

Solger01 2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件の黒幕を、オサマ・ビンラディンと彼が率いる国際テロ組織アルカイダと断定したアメリカは、ビンラディンを保護するアフガニスタンのイスラム原理主義政権タリバンを倒すため、10月7日からアフガニスタンに対する空爆を開始した。そして、11月13日にはアメリカの支援を受けたアフガニスタン北部同盟軍が首都カブールを制圧してタリバンを駆逐した。
2002年6月のアフガニスタンの国会は、アメリカの圧力を受けて、ハミド・カルザイ氏を暫定大統領に選出し、その後、2004年10月に行われたアフガニスタンで初めてとなる直接選挙により、カルザイは正式に大統領に就任した。

アフガンスタンの多数派民族であるパシュトゥン族出身のカルザイは、1980年代中頃のソ連に対するレジスタンス活動の際にアメリカに接近し、CIAに協力するかたちでイスラム兵士(ムジャヒディン)に武器や資金を流すようになった。ソ連撤退後には、カルザイはアメリカの巨大石油グループであるユノカル社の顧問として、中央アジアのイスラム諸共和国からパキスタンまで、アフガニスタン経由で石油パイプラインを建設する計画を推進していた。
アフガニスタン大統領となったカルザイは、再びアメリカの石油資本のパイプライン施設計画に着手するが、治安維持活動の名目でカルザイ傀儡政権を守るために駐留するアメリカ軍に対して、2005年後半からタリバンを中心とした武装勢力が南部各地で蜂起し、首都カブールでの攻撃やテロも頻発するようになり、アフガニスタンの混乱は現在も収まる様子がない。

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Masud01話は遡るが、9.11アメリカ同時多発テロ事件の2日前、アフガニスタンの北部同盟のリー ダー、アハマッド・シャー・マスード将軍が取材記者を装ったテロリストの自爆テロによって暗殺された。マスードは、ソ連侵攻の際に祖国を守るためムジャヒディン(イスラム戦士)をまとめて、10年間に渡ってソ連軍と徹底的に戦い、ついには撤退を余儀無くさせた「バンジシールの獅子」と呼ばれた英雄であった。マスードは92年に暫定政権を打ち立て首都カブールに入ったが、民族同士の権力争いが勃発し、首都カブールにもロケット弾が打ち込まれるほどの内戦状態になると、「これ以上街が破壊されるのも、市民を傷つけるのも耐えられない」とカブールを撤退する。
マスードは、少数派民族のタジク人であったにも関わらず、他の少数派各民族は言うまでもなく、多数派パシュトゥン人にまで人望の厚かった英雄であった。マスードを暗殺したのが、タリバンの放った刺客だったという情報が広まると、北部同盟をはじめとする反タリバン勢力は、マスード将軍の「弔い合戦」に結束し、アメリカ軍と協力してタリバン政権を倒した。

ところで、タリバン政権は、公式に「マスード将軍暗殺に関与していない」ことを表明している。マスードが生きていたら、タリバンが倒れた後のアフガニスタンの大統領になっていた可能性が非常に高かった。そうなっていれば、カルザイ政権下で起きているような混乱は避けられ、アフガニスタン国民による統一国家が出来ていたかもしれない。マスード暗殺がタリバンの仕業ではないとすれば、マスードを排除したかった勢力とは、カルザイに傀儡政権を取らせたかった勢力と同じなのかも知れない。そして、マスード暗殺とカルザイ政権成立の間に、9.11アメリカ同時多発テロ事件が起きている。

長年マスード将軍を追ってきた写真家の長倉洋海氏に対し、生前、マスードはこう語っている。「タリバンやパキスタンを含めたすべての勢力が、戦争では解決できないことを理解し、話し合って平和的な状況を作り出し、国民が選挙によって自らの将来を決めること。これに優る勝利はありません。」

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9.11アメリカ同時多発テロ事件直後は、アメリカの人々はテロを憎み、星条旗を掲げて、ブッシュ政権の報復行為を支持したが、時が経つにつれて事件に対する様々な疑問や疑惑が表れてきた。
テレビで世界中に配信された世界貿易センタービル(WTC)崩落のシーンに対しては、建築専門家や物理学的な視点から、飛行機の突入と爆発による崩落は考えられない、という意見が出た。また、ビル解体に携わる人からは、WTC崩落の様子は爆薬を使ってビルを解体する「制御解体」に酷似している、との声も上がった。
Wtc701 また、WTCには、飛行機が突入したツインタワーの近くにWTC第7ビルというビルが建っていたが、これも2つのタワーと同様に崩壊した。この47階建てのビルは、飛行機の突入の影響は何も受けず、ただ小規模の火災が発生していただけだったが、突然跡形も無く崩壊してしまった。WTC第7ビルには多くの政府系機関が入居していたが、中でも証券取引委員会の事務所には、企業の不正に関する調査書類2000~3000箱が保管されており、それらが灰になってしまった。中には、現在進行中の調査書類が多数含まれていた。

英国のインディペンデント紙は、2001年10月14日の記事で、次のように報じた。『9.11の5日前の9月6日、シカゴのオプション取引所において、ユナイテッド航空の買付けが396に対して、空売りが4744もあった。9月10日のアメリカン航空の買いは748だったが、空売りは4516。これは、ユナイテッド航空とアメリカン航空以外の航空会社にはまったく見られない現象だった。』
事件が起こることを予め知っていて、インサイダー取引をした存在があるのだろうか?

アメリカ国防総省(ペンタゴン)に突入したとされるアメリカン航空77便についても、多くの疑問が提示された。
ボーイング757型機が突入したにしては、被害を受けて崩れ落ちたペンタゴンの建物の損傷が小さいこと。事件直後の写真では、機体の残骸も犠牲者やその荷物なども映っていないこと。建物1階部分に突入するほどの超低空飛行は、相当の熟練パイロットでも困難なこと。ペンタゴンに突入した物体は、飛行機ではなくミサイルのようだった、という目撃証言もあった。
さらに、ここでも飛行機が突入して(とされる)破壊された部屋には、ペンタゴンの巨額の使途不明金の調査のための会計資料が集められていたが、それらがすべて焼失してしまった上に、監査に当たっていた会計士たちの多くが犠牲になった。

最近の全米の世論調査では、実に80%以上の人々が9.11アメリカ同時多発テロの実行犯がオサマ・ビンラディンをリーダーとするアルカイダとする政府の発表は信用できない、と考えており、その中の半数以上の人が、事件は自作自演の可能性がある、と答えている。

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Binladin001パキスタン情報筋は、オサマ・ビンラディンが2001年9月11日の前夜、パキスタンのラワ・ルピンディにある軍病院で腎臓透析治療を受けていたことを明らかにした。フランスのフィガロ紙は、2001年10月31日に報じたスクープで、病院職員が目撃した有力情報として、オサマが7月4日から14日にかけて、パキスタン経由でアラブ首長国連邦(UAE)のドバイにあるアメリカン病院へ腎臓病治療のために入院し、そこへビンラディン一族、サウジ諜報機関の最高責任者トゥルキ・アル・ファイサル王子(同年8月31日に解任)、さらにはCIAのドバイ支局長ラリー・ミッチェル(同年7月15日にCIA本部へ呼び戻された)までもが面会に訪れていた、と伝えた。重度の腎不全を患っていたオサマは、2001年12月、パキスタンの病院でひっそりと息を引き取った。12月26日のエジプトのアル・ワフド紙は、オサマ・ビンラディンがアフガニスタンのトラボラで10日前に埋葬された、と葬儀の模様を伝えたのをはじめ、FBIテロ対策本部長デイル・ワトソンとパキスタンのムシャラフ大統領もオサマの死を追認した。

第三章(2) 【2003年 バグダッド】 につづく。

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