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文明の黙示録(21)

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                   第二章 資本の野望 (10)

                   【 1993年 東京 】

G7_summit_1983 第二次世界大戦後、日本は輸入制限や高率関税で輸入を抑制し、外資の直接投資を規制しながら、輸出促進をはかることで高度成長を達成した。日本の再軍備に神経質になる周辺諸国の視線もあり、アメリカは日本を経済大国にすることで、東西冷戦構造の中で日本を東アジア地域の西側陣営の安定した橋頭堡とすることを選んだ。
日米安全保障条約によるアメリカの軍事力の傘の下でもっぱら産業へ投資を行えたこと、長らく1ドル=360円という円安で為替が固定されていたこと、加えて朝鮮戦争やベトナム戦争などの需要の恩恵を受けたことによって、1970年代には、日本は世界第二位の経済大国に成長した。

一方アメリカでは、1980年代初めにインフレーションの抑制を目的にした厳しい金融引締めが行われ、金利は二桁に達し、ドル相場は高めに推移して、輸出減少と輸入拡大をもたらした。その後、インフレ沈静化に伴い、金融緩和へ転換すると、景気回復で貿易赤字増大に拍車がかかったため、貿易赤字国アメリカのドル相場は次第に不安定になった。
1970年代末期のようなドル危機の再発を恐れた先進国は、1985年9月22日、ニューヨークのプラザホテルで5カ国蔵相会議(G5)を開き、外国為替市場への協調介入によってドル安誘導を行う、という「プラザ合意」がなされた。特に日本の円は、大幅な円高を受け入れるように要請され、それまで1ドル=240円前後だった円相場は、120円程度まで上がった。
当時の中曽根康弘首相と竹下登大蔵大臣によって決断されたこの政策は、日本がアメリカの赤字解消を引き受けたと解釈された。

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この頃からアメリカは国際市場での経済覇権の野望をはっきりと表してきた。1980年代には、冷戦の敵対国であったソ連と東欧諸国の衰退は明らかで、アメリカは「ポスト冷戦時代」を見越しながら、経済市場制覇の環境整備に本格的に乗り出した。
電子・コンピュータ技術の進歩は、アメリカの金融・情報産業を大きなビジネスへと成長させ、国際金融資本は世界中の金融市場と債権市場で、巨額の利益を獲得する力を持つようになった。
デリバティブと呼ばれる金融派生商品は、複雑な数理を解析できれば、リスクをヘッジしながらレバレッジ効果(少ない資金で大きな金額の取引をする、テコの原理)で巨額利益を短期に獲得できる。しかも、軍需産業ビジネスは常に戦争や紛争を必要とするのに対して、金融ビジネスは世界中に常に市場が存在する。現在、国際貿易で実際にモノが動く実需取り引きは年間約5兆ドル、これに対しモノが伴わない金融取り引きは約500兆ドルになっている。

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Bill_clinton01プラザ合意後の日米間の経済構造は、急激な円高によって日本の競争力がそがれ、アメ リカの輸出を拡大する、はずだった。ところが、アメリカの目論見に反して、円高のもと、日本は瞬く間に世界一の債権国になった。日本企業が輸出産業の生産基地を東南アジアに移したことで、アジアの経済統合も進み、東アジアに日本を中心とする新たな分業が急速に確立された。
アメリカはこうした結果を望んだわけでも、予想したわけでもなかった。1989年、後にクリントン政権で財務長官となるローレンス・サマーズ(当時ハーバード大学教授)は、「日本を頂点としたアジア経済ブロックが明らかに形成されつつある。これらの事実は、アメリカにとってソ連よりも日本の方が脅威である、という認識を必要としている」と述べて警告した。

1989年にベルリンの壁が壊され、ソ連が崩壊過程に入ると、軍事的に世界の単独覇権を達成したアメリカは、日本を経済的敵国と見なすようになり、政府間交渉で直接圧力をかけてくるようになった。
1988年、日本を標的とした新通商政策アクションプランに沿って「包括通商法」がアメリカ議会で制定された(スーパー301条と呼ばれる一方的報復条項が入っていた)。1989年から、アメリカは日本からの輸出製品に様々な因縁を付け、スーパー301条を発動するなどの圧力をかけた。
1990年6月28日、海部政権は日米構造協議条約を結び、日本の内需拡大のために公共事業に重点を置くこと、 3年に1度のフォローアップ会議を行い、日本が本当に条約を励行しているかどうかチェックすること、などを約束した。このため、来るべき情報化社会のために重要な、IT技術を始めとする技術開発と普及に使うべき予算は縮小され、日本の「モノづくり」と「技術開発」が停滞する原因となった。結局、公共事業で儲けたい日本の政治家と企業、IT技術力で日本に先行されたくないアメリカ、両者の利害が一致したための合意だった。

この時、自民党の実力者だった金丸信は、「10年間で430兆円の公共事業をやる」と豪語し、ウェジントン米財務次官補は430兆円は小さいと文句をつけ、モンデール駐日米大使が600兆円なら歓迎すると発言し、最終的に公共投資基本計画は総額630兆円と発表された。公共投資の財源の半分は、国債と地方債財政投融資であり、こうした巨額の公共事業がアメリカとの約束によって8年間に渡って実行されたことは、現在の日本が抱える巨額の財政赤字の元凶になった。
1993年、クリントン大統領と宮沢首相の会談で、両国が「年次改革要望書」を毎年提出することで合意し、アメリカによる日本への政治介入は、制度化されることになった。

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Hosokawa01 最初は「グローバルスタンダード」は、国際化する日本の未来社会にとって必要なものだと思い込んでいた国民も、やがてアメリカの本当の目的が日本市場の搾取だと分かると、弱腰な政府や通産省への批判を強め、あからさまなアメリカ政府の強要を「押し売り外交」と嫌悪するようになった。
1993年8月、衆議院選挙で過半数を取れなかった自民党に替わって、細川護熙日本新党代表を中心に連立政権が誕生すると、従来の自民党の従米路線と一線を引き、日米包括協議で政府は強硬姿勢を貫いた。翌1994年2月に行われた細川・クリントン日米首脳会談では、日本の黒字減らしに数値目標を求めるクリントンに対して細川首相が断固拒否し、前代未聞の首脳会談の「決裂」という結果になった。「日米関係も、成熟した大人の関係になった」という細川首相の会談後の会見での言葉は有名になった。
ところが、細川首相は日米首脳会談直後に、突然湧き上がった献金スキャンダルで首相を辞任してしまう。6月に社会党の村山富市委員長を首相に担いだ自民党が政権に復帰すると、すぐに日米包括協議は復活し、日本の規制緩和と市場開放が再開された。

1997年、橋本・クリントン会談で、「年次改革要望書」が「強化されたイニシアティブ」に引き継がれることに合意が成立、2001年までに金融の大規模な規制緩和(金融ビッグバン)が行われた。
2001年6月30日、小泉首相とブッシュ大統領の日米首脳会談で「成長のための日米経済パートナーシップ」が合意され、日米両国における外国直接投資のための環境改善を推進するための「投資イニシアティブ」が設置された。要は、アメリカ資本が日本へ進出する際に、その障壁となっている規制をなくし、資本参加しやすくしようとするものだ。

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Bush_koizumi02投資イニシアティブでアメリカが日本に求めている内容は;
①日本の銀行の不良債権査定を厳しくして、国有化を促進する。(長銀や足利銀行を含む50行以上が外資ファンドに売却された。)
②株式の日米株式交換を促進する。(アメリカ企業が日本企業を買収する際に、現金資金が無くても可能になった。)
③保険・医療・介護等の産業の規制緩和を行う。(公的福祉を縮小して、アメリカ式民間医療保険会社に市場を提供する。当のアメリカの医療現場では映画「SICKO」のような悲惨な実態となっているのに。)
④労働市場を開放する。(派遣労働者が増加し、ワーキングプアやネットカフェ難民などの社会問題を起こし、犯罪増加の一因となっている。)
⑤農業・林業分野の規制を緩和する。(BSEで問題となっている牛肉や、遺伝子操作で作られたアメリカ産農作物を輸入しなければならなくなり、日本の小規模農家は行き詰る。)
⑥不動産取引における取引条件の簡素化をする。(不良債権化している不動産や、値下りしている不動産を外資が購入しやすくなり、国土資産が外国の所有となる。)

小泉首相は、2005年に衆議院を解散してまで郵政民営化法案を可決させたが、民間会社となった郵貯銀行や簡保会社は、これで②の合併・買収(M&A)の対象になった。2005年8月8日付ウォールストリート・ジャーナル紙は、「郵政民営化で、われわれは(郵貯・簡保の)3兆ドルを手に入れることができる」と報じた。

第二章(11) 【1993年 モガディシオ】 につづく。

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